プアなタッチUIでiPadを越えるには 考察の前に2010年06月25日 23:59

インターフェイスデザインの現場では、ずっとこれを考え続けています。

数年前(正確には2007年)にiPhoneが発表されると、廃れる一方だったタッチUIは脚光を浴び、再び最先端でクールなものになりました。
この時、開発のロードマップを書き換えた機器は少なくなかったです。心臓部がコンピューターで、何らかのGUIを持ち、操作方法が機器の魅力の一部になっているものはみなさけて通れない課題でした。
中にはタッチでの勝負を最初から諦め、他の価値で勝負をしたものも多いと思います。機器によってはタッチを搭載すればそれでよしといったものもあったかもしれません。
この時の経験は、今からの波に備えて再認識と再評価をしておいた方がいいでしょう。

以前も書かせて頂きましたが、「タッチがあたりまえ」なユーザーに、プアなタッチUIを搭載した機器を、そのままで提供するのは、文字通り「丸腰で戦場へ向かう」ようなものでしょう。
本質論から言えば、素晴らしいタッチUIを開発するべきなのでしょう。また日本のメーカーの得意としてきた「ベンチマークより一歩も二歩も素晴らしいものを丁寧に作る」ことを、UIに向けて行けばいい事です。
しかし、それは現実的ではない、というのが正直な現状なのかもしれません。残念です。

それでは、タッチUIを含めてUIを実現するプラットフォームが不利なまま勝負をして行くにはどうすればいいのか。。

一つのヒントをiPhoneに求めたいと思います。
思い出しますと、iPhoneが出てくるまで、タッチUIは時代遅れなものでした。それがiPhoneによってどう昇華したのかを振り返ると、「直感的な操作」というコンセプトで、ただ「タッチ」するだけでなく、スライドさせたりピンチさせたりする方法を「自然で新鮮なもの」に仕上げていました。
今はレガシーで古くさいインターフェイスやデバイスも、同じ方法論が応用出来るかもしれませんね。

また、プロダクト自体が本来持っているインターフェイスを、再構築するのも有効な方法だと考えます。その機器に本当に画面が必要か、、これだけでも再考すればもっと自由な発想があるはずです。

以上、主語を曖昧にした書き方で恐縮ですが、どのような機器の開発でもさけて通れないと思っています。
具体的にお話出来る日が来る事を楽しみに、引続き考えて行きます!
dmc.
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