本年もよろしくお願い申し上げます!2013年01月07日 18:39

元旦の夕陽
みなさま、あけましておめでとうございます。
お正月はどのように過ごされましたでしょうか。
我が家は例年にならった家族行事が立て続けにあり、あらためて常なる事の有り難さを実感いたしました。

巷には様々な幸不幸があやなしており、これもまた忘れることはできません。出来る事はあまりにも無力と思う事もありますが、やはりデザインを通して心に響く何かが、誰かの一瞬を幸せに出来れば幸甚と思います。

今年も頑張って参りますので、倍旧のご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます!

ジェスチャーコントローラー「LEAP」2013年01月08日 10:10


この動画を見ますと、センサーの上の比較的限られた空間で手と指の動きをセンシングするようです。
ジェスチャーコントロールでは、ブームにもなりますます応用が期待されるキネクトがありますが、そちらは全身の動きを立体的に捉え、データ処理はキネクト内で行われています。一方こちらは限定的な空間で細密な動きを検知し、データ処理はある程度PC側で行うもののようです。
ゲーム機向けの全身デバイスと、PC用のインターフェイスというコンセプトの違いですね、きっと。

早速予約して見ました。楽しみです。

https://leapmotion.com/

Sophia Collier 水のかたち2013年01月09日 23:52

Sophia Collier "Planks of Water"
DDNにて(下記)紹介されていた、Sophia Collierさんのアート作品「Planks of Water」です。美しい!

水のかたちをそのままアクリルで再現した作品、ありそうで無かったもの、ですね。

ソフィアさんはこの「水のかたちをアートにする」と思い立ってからの行動が素晴らしくて、すぐにエンジニアを探し、自らも学び、専用の工房を建てて制作しています。凄いなぁ。

これをテーブルにしたり、建築に用いたり、、色々なところで愛されそうですね。近い将来、どこかでお目にかかれることでしょう。楽しみです。

Sophia Collier Gallery
http://sophiacolliergallery.com/

DDN JAPAN:これはすごい。水のキラキラを「永遠に」とどめた彫刻
http://japan.digitaldj-network.com/articles/5781.html

今更ながら「かわいい」について2013年01月10日 23:52

「かわいい」って世界語になっているそうで、実際にフランス語の「kawaii」を耳にしてはっとした事があります。(この件、以前にも書いておりました。)
英語のcuteでもpretyでもsweetでもない、フランス語のmignon(?)でもない何かがあるようです。

デザインの現場でも良く使われますが、その具体的な範囲となりますと甚だ広大かつ変化しておりまして、ですから具体的なイメージを指すには用いにくいものでした。(その点は、「シンプル」とも共通するものがあります。)
余談ですが、その補足として「キモカワ」「オバカワ」なんて造語があるのでしょう。

一方で「かわいくする」方法はある程度一貫性があると感じております。これは言えば簡単で、至らないことです。正解や定番に対して「どのように至らないか」が、かわいさの多様性になっています。(もちろん、その時代の流行りのディティールを取り込むという方法は厳然とありますけれど)

例えば花にはつぼみから開花、満開へと至る過程でそれぞれの形態がありますが、あるプロダクトをかわいく感じるのはそのプロダクトが「つぼみから開花」の形態になっているということです。
うーん、、判りにくい喩えですね。。

別の喩えでは、未熟な者が何かを頑張ってうまくなりかけているときの愛らしさ、でしょうか。
(フォトジェニックでない日本のアイドルがかわいく思えてしまう心理作用はこれかも知れません。)

判りにくくて恐縮ですが、ここは思い切って「かわいいとは、愛せる至らなさ」と断言しておきましょう。

話が飛躍しますが「至らないものへの同情」は万国共通ではないそうで、「フランダースの犬」に感動するのは日本人だけだと聞きました。
私の独断のように「かわいい」が「至らなさを愛する」ことなら、日本的な感覚として語られるいわゆる「あはれ」に通じているのかもしれません。
「至らないものを愛する」というのは倒錯や寛容をイメージしますが、日本はどちらかと言うと倒錯や寛容には幅がないようにも思いますから、「このように至らないものはかわいい」というセオリーがあるのかも知れません。折りに触れて考えて見たいと思います。

ちなみに、至らないことと、わざと崩すことは似ていますが少し違いまして、前者は「かわいい」、後者は「おしゃれ」になるようです。どちらも失敗すると無残ですけれど(苦笑)

過去記事:可愛さ 可笑さ
http://dmc.asablo.jp/blog/2009/07/28/

「仲良し」の先に2013年01月11日 23:07

與那覇潤(よなはじゅん)さんは「中国化する日本」の中で、現在日本で突出して売れている漫画「ワンピース」を例にあげて、「仲間を大切にするという価値観が台頭している」、と指摘してます。
うん、なるほどと思う事は多いです。

昨年末のNHK紅白歌合戦では、あるアイドルグループの演出が脱退したメンバーを彷彿とさせるものでしたし、「社員の幸せが大切」と説く起業家は多いです。そしてこれらは共感を拡げていて、私自身もいいなぁと素直に思います。

SNSで自分と趣味の合う人と知り合う可能性が飛躍的に高まり、少し前までは繋がる事のなかった集団があちこちに出来ています。(1995年に堺屋太一さんが「大変な時代」の中で「好縁社会」を書いていましたが、その通りになりました。)
居心地の良い好縁社会の中で、承認欲求を満たす事は甚だ「幸せ」なことですね。


一方で、この仲間うちの居心地の良さをもって、目の届く範囲にのみ興味が集中し、理想が矮小化しているという批判もまた事実なのでしょう。
しかしそういう状況に置かれると、「いてもたっても居られなくなる人」が必ず出てくると私は思っています。

そういう人たちの中から、今からの百年を作る仲の良い集団が生まれるのではないか、、そんなことを夢想しております。

・・と、子供のパソコンから仲良しの友達とのことを唄った「ヒャダインのじょーじょーゆーじょー」が流れてきました。なんというシンクロ!

過去記事:長い江戸時代の終わり「中国化する日本」
http://dmc.asablo.jp/blog/2012/07/19/
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