自他ともの成功 ― 2025年01月24日 18:14
みなさまこんにちは(^^)
先日クライアントに、「私の知ってるデザイナーさんは自分語りの好きな人ばかりなのにあなたは違う。お客様のためにデザインしてますね。」と言われまして。
そう、デザインは自分以外の誰かのためにする創意工夫ですから、そのようにお感じ頂けて嬉しいです、とお答えしました。
私への評価はとても有難く感じた一方で、他のデザイナーは本当に自分語りしかしていなかったのか、とも。ご期待にそえなければ、その提案は「自分語り」に終わってしまうことを、あらためて自戒しました。
もちろん、自身の造形や思想を前面化している方はいらっしゃいます。デザイナーを職業として成立させるために、戦略的な振る舞いとしてそれを選択されていることもあるでしょう。
それはそれとして、やはり、デザイナーの本分は利他的なものです。
でもこれは、決して自己犠牲ではありません。デザインは利他でありながら同時に自己の利益も両立させなければなりません。
まあこれは商売の基本なので、デザイナーだからという話でもないですけれど、デザイナーが何を見られているか、ということを、あらためて思ったのでした。
写真はその帰り道、夕陽をいち早くとらえた鉄塔です。すっと抜けた気持ちよさがありました。
先日クライアントに、「私の知ってるデザイナーさんは自分語りの好きな人ばかりなのにあなたは違う。お客様のためにデザインしてますね。」と言われまして。
そう、デザインは自分以外の誰かのためにする創意工夫ですから、そのようにお感じ頂けて嬉しいです、とお答えしました。
私への評価はとても有難く感じた一方で、他のデザイナーは本当に自分語りしかしていなかったのか、とも。ご期待にそえなければ、その提案は「自分語り」に終わってしまうことを、あらためて自戒しました。
もちろん、自身の造形や思想を前面化している方はいらっしゃいます。デザイナーを職業として成立させるために、戦略的な振る舞いとしてそれを選択されていることもあるでしょう。
それはそれとして、やはり、デザイナーの本分は利他的なものです。
でもこれは、決して自己犠牲ではありません。デザインは利他でありながら同時に自己の利益も両立させなければなりません。
まあこれは商売の基本なので、デザイナーだからという話でもないですけれど、デザイナーが何を見られているか、ということを、あらためて思ったのでした。
写真はその帰り道、夕陽をいち早くとらえた鉄塔です。すっと抜けた気持ちよさがありました。
最近の一冊 ― 2024年12月20日 10:33
みなさまこんにちは^^
今年も大詰め、毎年イルミネーションや流れてくるクリスマスソングに年末を気づかされております。
今年は読書と同じくらいオーディブルで聴書(というのでしょうか)しました。調べたり考えたりする本と好きな作家さんの小説は読書、知らない作家さんの小説は聴書という棲み分けが今年は鮮明でした。
お気に入りで何度も読んだ一冊が聴書だと入ってこなかったり、聴書で感じたリズムが読書だと全然違ったりするのも面白いです。これは使ってる感覚器官が違うからだと思いますが、そのうち私の脳内で統合されて行くだろう、とも予想しますので、その変化も楽しみにしましょう。
さて、今年の読んだり聴いたりした中で印象に残った一冊をご紹介します。
ダグラス・ラシュコフ著「デジタル生存競争」
原題は「Survival of the richest」です。「the richest」はイーロン・マスクやジェフ・ベゾスを筆頭にしたアメリカのテック産業の勝者たちのことで、彼らが繰り広げる生存競争を、彼らの思考様式(マインド・セット)を切り口に語り、批判しています。
これは"あえて"だとあとで思ったのですが、ちょっと歯切れが悪いのでちょっと解りにくいところがあります。分かりやすく「誰か(もしくは何か)を悪ものにしてそれをなくせば速やかにこの世は救われる」という語り口は、彼らの「マインドセット」そのものだからだ、と思いました。
昨年(2023年)に話題になった本なので読まれた方もいらっしゃるでしょう。私は今年の後半に積読(つんどく)の中から引っ張り出して読みました。日米で大きな選挙があり、兵庫県知事選では"SNSがマスメディアをひっくりかえす"結果が出た頃で、内容とリンクしてとても興味深く読みました。
SNSはそのアルゴリズムによって、私たちを「労働力と見なして富を収集させている」という視点は正鵠を射ていると思わせる説得力がありました。そして過度のフィードバックがハウリングを起こしているという比喩も。
SNSは利用者集団に、恣意的にハウリングを起こすことができ、SNSの主に都合の良い状況(混とんとし解決策が必要になりそれがSNSで見つかること)を作るという。
「解決策」は最初は売りたい商品でした。しかしその仕組みは「解決策」から「救世主」に、簡単に置き換えることが出来ます。(陰謀論じみてきますね)私たちは「物理世界」と「意味世界」を同時に生きています。「意味世界」は人間が獲得した能力と仮定すると、SNSの起こすハウリングを御する思想はどのように立ち現れてくるのか、、そんなことを思いました。
UIデザインは物理世界と意味世界を繋ぐフロントエンドです。しかもデザインは「意図」そのものです。日々のワークの中でここまで考えるお題はないかもしれませんが、デザイナー自身は自覚的でありたい、と思います。
ここでお知らせです。
弊社は12月29日から1月5日までお休みを頂きます。
今年のブログは今日までとさせて頂き、1月6日に再開の予定です。
みなさま、本年も大変にありがとうございました。
素晴らしい新年をお迎えください。
表現の「発見」 ― 2024年12月18日 18:19
みなさまこんにちは^^
洞窟壁画から、美しいと思う「心の作用」に、「表現」という行為が重なって行くのがアートだというお話をしました。
「心の作用」は所与(もともともっている)だとして、「表現」はどうでしょうか?
新生児の行動観察から、人はその発達の途中で、表現を「発見」するように出来ている事が分かっています。例えば地面にしゃがみ込んで、初めはやみくもに動かした手の残した軌跡が顔に見える*と、次第にその顔を描こうとするようになります。「手の軌跡が何かに見える」、もう少し抽象的に言いますと、「自分が作りだした形に意味を見つける」、これが表現の発見です。
そして重要なことは、この行為(表現)ははじめは楽しさや喜びを伴い、行為が進むともどかしさや不満(上手くいかないとうこと)が生じるということです。沢山の複雑な感情と繋がっているということですね。
余談ですが、ピアノにしてもサッカーにしても、最初に師事する先生が「楽しさを教えるタイプ」の方が、生徒の継続性や成長性が高いそうです。
そして、美しいと思う「心の作用」は受手の中にありますので、たとえ自分が行った表現であっても、その意図が伝わるとは限りません。このもどかしさ。アートの道の険しさですね。
(つづく
アートの起源と表現欲求 ― 2024年12月16日 10:30
みなさまこんにちは^^
先週、「美・感動を感じれば、意図は関係なくそれはアートだ」というお話をしました。これは対象物を美しいと思えばアートと呼べる、というお話です。この仕組みに焦点を当てますと、「何かを美しいと思う心の作用がある」と言えます。
考古学によれば、6万5千年前には洞窟壁画*が作られていました。壁画を作らせた衝動の内面や文化的力学は分かりませんが、少なくとも「何かを表現したい」という欲動が存在したことは確かです。この表現欲求はホモ・サピエンスの遺伝子が固まる1万年前には確実に、私たちに備わっていました。
こちらはアルゼンチンの9,000年以上前とされる「クエバ・デ・ラス・マノス壁画」です。この壁画は、顔料を吹きつけるパイプのような道具と共に発見されました。
顔料を吹きつけて手の形を写す人々。活き活きとした日常の光景、それとも厳かな儀式的な行為、もしくは特別な祝祭の芸能、、さまざまな可能性が感じられます。
美しいものを求めていたかどうかは分かりませんけれど、これらの表現に「美・感動」を感じていた当事者は多かったはずです。表現したものの中に「美しいと思う心」が刺激され、表現の技巧の探求が進んでいく、、その瑞々しい現場を目撃しているような気持ちになりました。
美しいと思う「心の作用」に、「表現」という行為が重なって行く。それこそがアートですね。
(つづく
*)スペイン ティト・ブスティーリョ洞窟・推定65,000年前・ネアンデルタール人
「質より量」と「非線形」いう話 ― 2024年12月13日 10:15
みなさまこんにちは^^
タイパの時代ですが、MLBの大谷選手が睡眠について「質より量」と言っていて流石だなと思っていました。(もうちょっと古い話ですけれど)
先日は同じMLBで活躍している菊地投手が子供たちとの会話で、「少しずつうまくなるんじゃなくて一気にうまくなるんですよ。一気にうまくなるコツをつかむために練習するんですね。コツコツ練習することは絶対大事だけど、きっかけをつかむためコツコツ練習するんです」」答えていました。
コツコツ練習することの大切さと目的意識をつなげた、解像度の高い回答でこでも流石だな、と思いました。
私は「量が質に転化する」ということを知識としてだけではなく体感的にも知っています。量を詰まないと質が上がって行かないんですね。そして上がる時は短期間で上がるんです。この時期につかみ取るものを「コツ」といいます。
「コツ」
これは伝授可能な知識的な側面もありますが、本質は量です。量がない人にコツを与えても活かせません。余談。
ある時期短期間で上がる、というのは努力と成果が比例しない「非線形」であるということ。S字カーブだったり、階段状だったり、一旦落ち込む谷間が合ったりしますけれど、最終的には上がります。(昔1万時間が流行りましたけれどそこでもこのような話がありました)
「非線形」の報われ無さに耐える資質が重要です。
今の表層的な時代感とは一見かい離して見えますけれど、もしろそのことが共有されたので「無駄な時間を惜しむ」が強くなってきたと言えるでしょう。
「捨てない」クリエイテイブ ― 2024年12月11日 18:33
みなさまこんにちは^^
以前、いわゆる「ゴミ屋敷」の片づけを手伝ったことがありまして、その時に(あれ、私も捨てたくない方だけどほっとくとゴミ屋敷になるのかな)とちょっと怖くなったんです。
ありものを工夫して必要なものを作る人(ブリコルール)はデザイナーの資質がある、というお話を以前しましたけれど、そういう人は概ね(何かに使えるんじゃ・・?)とものを捨てない傾向も合わせもっています。私もです。
うーん、困ったな。。
で、ちょっと調べたんです。「捨てられない」は嗜癖(アディクション)であり、「捨てる、捨てないことをコントロールできなくなった状態」だと。
これならすこし分かります。捨てないにしても「ちゃんと取っておく事が出来るか」ではかることが出来ます。
私事ですが、昨年末から今年の初めにかけて資材を大量に処分する機会がありましたが、その際に「捨てられない」という嗜癖はないということもわかりました。良かったです^^
同時に、取って置く状態への関心が低かったことも反省しました。使うためにとって置くんですから、そこもクリエイトしたら楽しいんじゃない?と。何に使えるか、使う場合どのぐらいの頻度か、代替は既にあるのではないか、どこにどのように置いておけれか、、。この観点で取捨選択するようになると、使い勝手の良いものだけが残って行く、、それを感じ始めています。
「捨てない」クリエイティブ。楽しいです。
「デザインがいらないと思うものほどデザインが必要」な本当のわけ ― 2024年12月06日 18:27
みなさまこんにちは^^
先日、「心が動くものか、どうしても必要なものは売れるけど、ただ良いというだけのものは売れない」という話題がありまして、そこでは「良いものだから売れるという判断は怖いよね」、というところに着地しました。
良いものだから売れるとは限らない
この話題、デザインの現場ではずっと議論されていますけれど、そもそもの「良いもの」の定義で結構変わりますので、ここでは「品質が高く機能性能に優れ、価格も合理的な製品」としておきましょう。
これをマーケティング的にみれば「市場のニーズ、ウォンツに合致しているか」とか「ターゲットユーザーにリーチしているか」とかが大事になってきます。その点で充分なら売れる、となりますが、実際は苦戦していることも多いです。
たとえば、専門機器などのニッチな分野では、市場のニーズをがっちりと掴むことが出来、ユーザーにもしっかりリーチすることが出来ます。それでも成績にブレが出る。何故でしょう。
これ、ある職人さんの声として伝え聞いた「これダサくて使いにくいんだよ。だから売れねーえんだよ。」が正鵠を射ていると思ったことがあります。
人の意思決定システムには二系等ある
人の脳には直感的に判断を下すXシステムと、良く考えて判断を下すCシステムがあることが知られています。このXシステムは感情的かつCシステムより速い判断で、人の意思決定の主役です。Cシステムは冷静になって理性的な思考から意思決定して行く補佐役です。一度XシステムでNoが出されてしまうと、Cシステムで覆すには相当な情報が必要になります。
「良いものなのに売れないもの」には、Cシステムでは合格を得られても、Xシステムで拒否される要素を持っている可能性があります。
まさにここがデザインのしどころに他なりません。
一般的にデザインはあまり必要がないと思われているものほど「デザインが効く」のです。「モノはいいのに売れないな・・」と思ったら思い出してくださいね。
デザインの根源「何かに使える?」 ― 2024年11月29日 10:29
みなさまこんにちは^^
デザインの問題解決は「相違を埋めること」であり人間が本来的に持っている性質、というお話をしました。
「人間本来」と大きく出ましたので、石器時代に遡ります。
石器は打製石器(石を割って作る)から磨製石器(磨いて作る)とあります。出土の時代性から、最初は割れた石をそのまま用い、つぎに柄を付けて用い、やがて割ったり磨いたして目当ての形を得るようになる、、。
これ、デザインそのものでしょう?
それで、大切なのは割れた石は切れるという「発見」と、それを記憶しておいて「概念化」し、他の場面で用いる「流用」という、それぞれ別の作用が働いているということです。
他にも、「火の近くで干からびた肉は腐らない」を発見し、「腐らない肉」という概念を知り、火の近くで干す以外の様々な保存方法を展開して行く、などなど。
発見を概念化して組み合わせて流用する、これは学問的に「設計の原型」だそうです。設計って日本語でデザインですよね。
この(これって使えるかも?)と思って、経験やものを取っておく行為は、現代の子供たちを観察してもみられます。この性質を強く持ち続けた人が「ブリコルール」になるのでしょう。私自身がこのタイプでした。
この性質は「遊び」の延長です。
人は遊びの中に有用物に至る思考と行動の回路を持っているのです。
(遊びから学ぶのは動物にも見られますね。)
遊びの延長で生まれたものが集団を変え、それを利用して社会的に利用する人が現れる。
これがデザインと進歩の関係性と言えるでしょう。
デザインは遊び。
デザインは楽しい。
お忘れなく^^
やる気は「押しがけ」一択 ― 2024年11月15日 18:13
みなさまこんにちは^^
今日の雑談の中でモチベーションの話が出たんですね。やらなくてはならないのにやる気が出ない時どうするか、という。
私は「心のスイッチを切って、(立ち机なので)机の前に立ち、とりあえず手を付ける」ことで作業に入ります。みなさんも概ね作業を始めるルーティンをお持ちでした。
ちょっと前に「やる気スイッチ」というワードが流行りましたけれど、これをすればやる気が出る、というものは発見されてないそうです。一つはっきりしているのは「作業興奮」という仕組み。作業をすることで身体的な刺激がうまれ、その刺激が脳の興奮を促すという。私のルーティンはまさにこの「作業興奮」を利用したものでした。
ところでみなさんはバイクの「押しがけ」ってご存知ですか?
バイクのエンジンをかけるにはセルモーターを回す、またはキック(足で蹴ってエンジンを回転させる装置)するんでずけれど、それで上手くかからない時は、ギアを入れてクラッチを握ったまま(エンジンとタイヤは繋がっていない状態で)バイクを押して動かし、勢いがついたところでクラッチを放す(エンジンとタイヤが繋がる)と、車体の勢いで強制的にエンジンを回し、結果的に燃焼が継続する(=エンジンがかかる)という。
これって作業興奮と同じですよね。
やる気を出すには「押しがけ」。おすすめです。
「時間」という価値 ― 2024年10月25日 17:50
みなさまこんにちは^^
この記事は飲食店での「ファストパス」導入の広がりを取り上げたものです。特に「タイムパフォーマンス」を重視する顧客に支持されていて、インバウンドの方々の「時間を有効に使いたい」というニーズにも応えている。これは「食事の体験価値の変化」である。店舗の収益向上や顧客満足度の向上にも繋がるので、行列文化に変革をもたらすのだ、と。
「行列の体験価値の変化」という視点はユニークですね。体験価値の変化の背景には「時間の価値」といいますか、「時間の価格」がインフレを起こしているから、というのも見て取れます。色々なアウトソーシングが「時間を買う」という言葉で説明されますし、そこビジネスチャンスを汲み取る方も多いことでしょう。
一方で、時間を買うことで手放す「体験」の価値がなくなった訳ではありません。アナログレコードをかけるような、手軽に出来ることを「わざわざ行う」ことに喜びを感じる人も多いです。
あらためて、体験価値と時間価値はセットになっていると言えます。
デザインを体験価値から導くことは多いですが、今一度、体験価値とセットになった時間価値を意識するのはとても有益なことでしょう。
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