ダメマシンクリニック86【キッチンスケール:軽度の誤選および表示性干渉障害】2020年07月20日 19:15

みなさま こんばんは!

コーヒーセットや料理道具が沢山売れたと聞きましたが、自粛期間にインドアの楽しみを見つけた方は多いのではないでしょうか?私は以前から料理は好きですが、この数ヶ月でスパイスカレーやカオマンガイなど、アジア圏の料理に夢中になりました。初めて味わうスパイスの名前と香りを覚えて行くのも楽しかったです。
スパイスを扱う時はキッチンスケールを使うのですが、ふと何気ない操作で何度もしてしまう失敗がありました。今日のダメマシンクリニックはそれを取り上げたいと思います。

ダメマシンクリニック86【キッチンスケール】

どんな失敗かと申しますと、表示をリセットしようとして電源を切ってしまうのですね。押し間違いです。家人に訊ねたところ、やはり同じ間違いを時々してしまうとのことでした。早速診て行きましょう。

86 キッチンスケール 01
わが家のキッチンスケールは同じメーカーのものがふたつありまして、失敗しやすいのは左の方です。右は「表示をリセットしようとして電源を切ってしまう」ということはありません。

86 キッチンスケール 02
左の方を詳しくみてみますと、、
1:単位切替(g/ml)
2:電源(ON/OFF)
3:表示リセット・精度切替(0表示/微量)
となっています。

86 キッチンスケール 03
それぞれのボタンについては、、
1(単位切替)を押すと
 「g→ml:水→ml:牛乳」
 これを繰り返します。
2(電源)で電源を入れるとキャリブレーションが始まります。
3(表示リセット・精度切替)を押すと、
 0以外の時は 0(または0.0)に表示がリセットされます。
 表示が0の時は「0→0.0」(精度の切替)を繰り返します。

私や家人がしてしまう失敗はいずれも、
・調味料を入れる小皿を載せる
・小皿の重量が表示されるのでそれを0(または0.0)にする
・誤操作により電源を切ってしまう
のパターンです。

電源を入れて始まるキャリブレーションは実測で約4.5秒あります。このタイムラグは作業に集中している時は結構長く感じてしまうのですね。

86 キッチンスケール 04
あらためて操作部をみますと、2(電源)は他のボタンより強調されていて、最も押しやすい位置に配置されています。
つい「目立って押しやすい方」を触ってしまう、ということはあるでしょう。

しかし、何度も繰り返すのは使用者の単なるケアレスミスだけではなさそうです。

86 キッチンスケール 05
失敗しない方のキッチンスケールのボタンを見てみますと、、
4:電源切(OFF)
5:電源入・表示リセット(0N・TARE)
となっています。
「電源切」が別ボタンで離れていますので、これでしたら「表示をリセットしようとして電源を切ってしまう」ことはほとんどありえません。
(ちなみに「TARE」とは風袋(ふうたい)のことで、「表示リセット=入れ物の重さを抜く」というほどの意味のようです。)

この右側のキッチンスケールに慣れている使用者が左のキッチンスケールを使うとき、ボタンの役割を誤認する、ということもあるでしょう。

整理しますと、、
a:強調されて押しやすい位置のボタンを押してしまう
b:別機種で使い慣れたボタンを押してしまう
の2つがあります。

しかし、この二点だけでそう何度も間違えることがあるのでしょうか。
もっと根本的な課題が内包されている可能性を考えるため、各ボタンの役割を分解して見ます。

左のキッチンスケール
1:単位切替(g/ml)
  ┌→単位切替(g)
  ├→単位切替(ml:水)
  └→単位切替(ml:牛乳)
2:電源(ON/OFF)
  ┌→電源入
  │ └→キャリブレーション(自動遷移)
  └→電源切
3:表示リセット・精度切替(0表示/精度)
  ┌0表示
  └┬→精度切替(0)
   └→精度切替(0.0)
(9つの役割を3つのボタンに集約)

右のキッチンスケール
4:電源切(OFF)
  →電源切
5:電源入・表示リセット(0N・TARE)
  ┌→電源入
  │ └→キャリブレーション(自動遷移)
  └→表示リセット
(4つの役割を2つのボタンに集約)

失敗のほとんどない「右」の方ですが、なぜわざわざ「OFF」だけが別ボタンになっているのでしょう。言いかえますと、なぜ「ON/OFF」ボタンではないのでしょう。
実はここが今回のキーポイントになります。

ここで自動で遷移してしまうけれど重要な意味をもつ「キャリブレーション」について確認します。

「キャリブレーション」はスケールが正確に動作するために、電源を入れる毎に必要な工程です。これをスマートフォンに例えますと「起動」に似ています。スマートフォンの電源は入れても起動中は使えません。スケールの電源を入れてもキャリブレーションが終わるまでは使えない、このことと同じです。
スマートフォンで色々なアプリを使うことと、キッチンスケールで単位を変えたり表示のリセットをすることは似ています。スマートフォンでアプリの切替ごとに電源を切ったりしないように、キッチンスケールを使っている時も電源は切らない方が効率的です。

これを状態で切り分けてみますと、、

スマートフォン
┌→電源切
└→電源入
  └→起動
    └→各アプリ

キッチンスケール
┌→電源切
└→電源入
  └→キャリブレーション
    └→0表示など

こんな感じになります。
「電源切の状態」と「各ボタンの動作」との距離感が少し感じられるようになりましたでしょうか。
右のキッチンスケールのボタンはこの距離感に沿っていまして、不要なキャリブレーションを避け、うっかり「電源切」をしないようなボタン構成になっています。
おそらく、家庭用より歴史の古い業務用(電源が入りっぱなしでキャリブレーションに時間をかける)の作法に準じていると推察します。「TARE(風袋)」の表示からもそれを感じとることが出来ます。

一方、左のキッチンスケールは、テレビやエアコンなどの一般的な家庭機器と同じ作法で「電源入/切」が括られています。ボタンの役割を理解しやすい素直な区分けです。
しかし、このことにより不要なキャリブレーションの労力(時間、電力、使用者の集中力)を避ける視点が抜けてしまった、もしくは過少評価されてしまった、そのように見受けられました。


さてさて、シンプルな機器のはずのものを細かく分解し、小難しい話にしてしまいましたが、もう少し単純化した別の見方をもうひとつ。

キッチンスケールを使う場面を行為でおおまかに分解しますと、、
a:準備する
b:はかる
c:しまう
の三段階で、bは必要に応じて何度も繰り返します。

それぞれの行為に左のキッチンスケールのボタンの役割をあてますと、、
a:準備する
  ・電源入
  ・キャリブレーション(自動遷移)
b:はかる
  ・表示リセット
  ・精度切替(0)
  ・精度切替(0.0)
  ・単位切替(g)
  ・単位切替(ml:水)
  ・単位切替(ml:牛乳)
c:しまう
  ・電源切
になります。
ここでも「電源切」の距離感が見えてきていますね。


念のため、「電源入/切」と「表示リセット」のある機器の身近な例として電卓をみてみましょう。

86 キッチンスケール 06
左上は1970年代のもので、スライドスイッチによる「ON/OFF」と押しボタンの「AC」が分離しています。
左下は1990年代のもので、押しボタンによる「ON」「OFF」「C/EC」が分離しています。
右側の2つは最近のもので、「AC」にONが一体化され、「OFF」はありません。

電卓はプロが使う道具として長い時間をかけて洗練されてきました。キー配置には流派がありますが、ACキーが電源入を兼ねることは一般化しています。
また太陽電池駆動のものはOFFボタンの省略ができ、乾電池駆動のものにはOFFボタンが必要となっています。

電卓の場合も「電源切」と他のボタンとの距離感が感じられますね。
キッチンスケールにおいても同様な距離感(「電源切」を分離する)のほうがしっくりするかも知れません。



【診断】

役割をボタンへ集約する際の「電源切」の扱いを「誤選」とし、「ON/OFF」の強調による誤誘導から「表示性干渉障害」と診断します。
ただし、キャリブレーションの時間が無視できるほど短くなる場合は影響が軽微になるため、誤選は「軽度」とします。



【処方】

では、処方です。
表示部の差替で干渉を軽減する処方と、ボタンの役割集約を整理する処方です。


処方01:応急処置(メーカーによる)
・最も使用頻度の高い「0表示/微量」を強調する。
・「ON/OFF」の強調をやめ、「OFF」を少し大きくして目立たせる。

86 キッチンスケール 07

86 キッチンスケール 08
はかっている時に最も触るボタンが「0表示/微量」です。
使用頻度の高いボタンを強調することで、間違って「OFF」を押す可能性を下げることが出来ます。


処方02:治療(メーカーによる)
・最も頻度の高い「0表示/微量」を押しやすい右端に配置して強調する。
・「ON」を「0表示/微量」ボタンに兼務させる。
・「OFF」を独立させ、最も押しにくい奥に配置する。
・二番目に頻度の高い「g/ml」を手前に配置する。

86 キッチンスケール 09

86 キッチンスケール 10
このボタンの方が他機種との整合性も取れていて気持ち良いですね。



ダメを憎んでマシンを憎まず。

ダメマシンクリニックからは以上です!


No.86

対象:キッチンスケール

発見場所:横浜(日本全国)

報告者:有限会社ディーエムシー

報告日:2020.7.20

症例:軽度の誤選および表示性干渉障害

ダメ度:×(応急処置で対応可能)

治療方針:皮膚科「表示修正」

     内科「役割連携更新」




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