リセルバリューと再販市場 12024年02月21日 10:41

デザインで飛躍を企むみなさまこんにちは^^

「中古市場に出さない」という応援
先日妻が書籍を処分する際、ブックオフや買い取りサイトを使わず「古紙回収」に出していました。分量があったのでなぜお金にしないのかと聞きますと、
「中古市場からは作家さんに一円も入らない。読みたくなったらまた新刊を買う。これが大好きな作家さんに書き続けてもらうためには一番必要なこと。」
ですって。なるほどと思いました。著作者保護の視点からみると、中古市場は全くの無法地帯ですものね。

そこでデザインにおけるリセルバリューを考える前に、リセルバリューについておさらいしてみます。

【リセルバリュー】
商品や資産が市場で再販売される際に持つ価値のこと。つまり、購入した時点の価格と比較して、将来的にその商品がどれだけの価値を保持または増加するかの見込みのこと。リセルバリューが高い商品は、購入後に手放す際にも元の価格に近い価格、あるいはそれ以上で売却できる可能性がある。

【リセルバリューが高くなりやすい製造方法、素材、仕組み】
1)限定生産
限定版や特別版など、生産数が限られている商品は希少性が高く、リセル市場での価値が上がりやすい。
2)高品質の素材
貴金属は素材としての価格相場がある。また、耐久性が高く、長持ちする素材で作られた商品は、時間が経っても価値が下がりにくく、リセルバリューが保持されやすい。
3)クラフトマンシップ
手作業による高い技術や熟練した職人による製造過程は、一般的な量産品とは異なる独自性と価値を生み出し、リセルバリューを高める。
4)ブランドの価値
一部の高級ブランドや著名なデザイナーの商品は、ブランド自体の知名度やステータスによりリセルバリューが高まることがある。
5)収集可能性
コレクターズアイテムやアート作品など、収集価値のある商品は、時間が経つにつれてその価値が上昇することがある。
6)維持・保管のしやすさ
劣化しにくい、または適切な保管によって状態を良好に保てる商品は、リセル時に高い価値を維持しやすい。

【消費者のメリット】
リセルバリューを持つ商品は、購入者にとって将来的に資金を回収する機会を提供するため、リセルバリューを重視する消費者にとって魅力的な選択肢となる。

【提供者のメリット】
1)ブランドの価値向上
リセルバリューが高い製品をデザインすることで、そのブランドの製品が質が高く、長持ちするという印象を消費者に与える。これはブランドイメージの向上に寄与し、新規顧客の獲得や既存顧客のロイヤリティ強化につながる。
2)持続可能性への貢献
リセルバリューを意識したデザインは、製品が長く使われることを促し、廃棄物の削減に貢献する。これは環境保護の観点からも重要であり、社会的責任を果たす企業としての評価を高める。
3)消費者の信頼獲得
製品が再販市場で価値を保持することは、購入時のリスクを軽減する。消費者はその製品が価値のある投資であると感じ、ブランドへの信頼を深めることができる。
4)購入動機
消費者は使用後も製品から経済的価値を回収できるという期待値は、購入の決定要因となり得る。
5)市場での競争力強化
リセルバリューの高い製品をデザインすることは、競合との差別化を図り、市場での競争力を高める手段となうる。消費者はより良い価値を提供する製品を選びたいと考えるため、そのような製品を提供するブランドに注目が集まる。

以上のように、リセルバリューを高める努力は、製品のデザインにおいて長期的な価値を提供することを目指し、消費者、ブランド、そして環境にとっても利益をもたらすように見えます。しかし、先週ご紹介した記事「IITTALA事件 「大量廃棄」は高コストの贅沢に」にあるように、イッタラの様なブランド価値が高くリセルバリューのある製品を多く揃えていると思われる企業にも大転換がありました。冒頭の中古市場が作家を苦しめる構図が思い出されます。もう少し考えて見ましょう。

次回(2)につづく

リセルバリューと投資2024年02月19日 10:15

デザインで飛躍を企むみなさまこんにちは^^

前回は手放す時に「生活を回すモノ」に価値転換が起きる話をしました。リセルバリューがあればキャッシュに交換出来ますし、なにより捨てなくて済みます。
一般にリセルバリューとは、商品や資産が再販される際の価格のことを指します。普通、中古品は新品に比べて価格が低くなる傾向にあります。しかし、金、株、アート作品、不動産など一部の商品や資産は、新品時や購入時よりも売却時の価格が上がることがあります。これらはよく知られた投資対象となり得るモノたちです。

リセルバリューを意図するか
当然、デザインするものが投資対象であれば、投資価値を高めることを考慮する必要があります。
一方で、投資対象でない場合でも、その市場の性質からリセルバリューをある程度考慮する必要があるかもしれません。そしてこれは単にリセルバリューを高めればいいという話ではありませんけれど。

いずれにせよ、デザインプロセスにおいては、単に商品の機能性や美しさだけでなく、その商品が将来的にどのような価値を持つことができるか、またその価値がどのように変動する可能性があるかを見極めることは、忘れてはならないことでしょう。消費者にとって長期的な価値を提供することが大切なのですから。

資産も生活を回すモノ:資産としてのアート2024年02月16日 09:50

デザインで飛躍を企むみなさまおはようございます^^

交換可能な価値
先日、大量処分を経験したことから、モノの3つの価値が見えたというお話をしました。これらは個人的主観的な価値ですが、この価値体系とは別のいわゆる市場経済上の交換可能な価値が存在します。「値段が付く」ということですね。今日はこの点について考えてみたいと思います。

リセルバリュー
今回わたしはある作家さんの作品を手放しました。好きで手元に置きたくて購入したもので、気に入って時々飾ったりして楽しみました。「3つの価値」で言えば私にとっての「思想信条を表すモノ」そのものです。それを手放した時、著名作家の代表的なモチーフの作品という事で、入手価格よりも高い値段が付きました。資産としてのアートを実感した瞬間でした。資産はキャッシュを産んだり交換出来るものですから、これは「生活を回す」を支えるモノといえます。ここでも3つの価値の間に転換がありました。
さて、手放す際に金銭に交換できる価値のことを「リセルバリュー」と呼びますが、このリセルバリューがあるかどうかは市場=社会が決めます。3つの価値を「個人的主体的な価値」とするならば、リセルバリューは「客観的社会的価値」と言えるでしょう。

物語を繋ぐことは価値体系を繋ぐこと
ここに、大きな物語と小さな物語と同様の「個と普遍の対比と接続」が見ます。デザインが価値創造を考えるならば、この視点もやはり大切だといえます。

IITTALA事件 「大量廃棄」は高コストの贅沢に2024年02月14日 08:35

デザインで飛躍を企むみなさまこんにちは^^

IITTALA事件
フィンランドの老舗ガラスメーカー、イッタラが2024年2月5日にブランドを一新したことがフィンランドで大きな議論を呼んでいるそうです。新しいロゴ、ブランドカラーの変更、そしてブランドコンセプトの変革が主な変更点です。伝統的な赤い「i」マークのロゴは廃止され、フォントは変更。ブランドカラーも赤から黄色に変更。ブランドコンセプトにいたっては、あの有名で象徴的な「タイムレスデザイン」から「プログレッシブ」な「アバンギャルドデザイン」へとシフトしました。これらの変更は、ブランドの長い歴史に対する敬意を欠いているとして、長年のファンからの批判を受けています。(詳細はこちらをご覧ください。)

イッタラ

「事件」と呼ばれるほどショッキングな事象ですが、経済的な視点からすれば「今までのやり方では立ち行かない」ということが透けて見えます。一つ一つのモノが愛され長く使われる事と、企業を存続させるキャッシュフローが対立してしまう構図がここにもあるのでしょう。いずれにしてもイッタラは、ハイブランドとして定期的に高額な消費財を提供するブランドとして生まれ変わろうとしています。

バレンシアガの靴
ハイブランドのバレンシアガが使用感の有る素材で作ったスニーカーがちょっと前に話題になりました。「履き古した時代遅れのスニーカーそのまま」に見えたからです。

バレンシアガの靴

その他にも重ね着のパーカーやビニール袋のような鞄など難民の格好をそのまま、ハイブランドの商品として提供しています。アートディレクターのデムナ・ヴァザリアが難民生活が身近にあった旧ソ連領ジョージア出身で、ハイブランドだからこそできるメッセージを乗せているのだと受け取られています。

大量廃棄
持続可能な消費社会を目指すことは、「大量廃棄」を否定する(抑制する)社会を目指すことになります。しかし、大量廃棄とセットとなる大量生産と大量消費には、忘れ難い魅力があります。物質的な豊かさを実感するこの「愉悦」を、私たちはそう簡単に忘れる事は出来ないでしょう。そのため「大量廃棄の制約」のひとつのあり方が「大量廃棄の贅沢品化」です。上の二つの事象、ハイブランドの振る舞いにもそれを感じています。

修理可能性と「生活を回すもの」の終わり2024年02月12日 10:22

デザインで飛躍を企むみなさまこんにちは^^

モノの3つの価値
前回は私の気付いたモノの3つの価値についてのお話をしました。ひとつのモノは3つの価値(生活を回す・記憶を呼び起こす・思想信条を表す)で見る事が出来ます、という話です。一つの側面しかないモノもありますが、3つの価値を合わせ持つモノもあります。
たとえば、私が日常的に使っている揃いの浅い茶わん。この茶わんは母が生前最後に自分で求めたものでしたので、折りに触れて母や家族との思い出を感じさせます。いくつかは割れたりかけたりしましたが、金継ぎをかけて鑑賞に堪える見栄えを持つようになりました。この茶わんは私にとっては生活を回すものであり、記憶を呼び起こすものであり、思想信条をあらわすものであります。

価値が増える
同じように揃いで求めた思い出もある茶わんやティーカップでも、欠けたり割れたりして処分したものもあります。私の中で、この違いがなぜ生じるのか不思議で興味深いこととなりました。捨てておわるモノと直して使い続けるモノはとこがどう違うのでしょう。
上の茶わんはある窯元の定番品で、高級品ではありませんが母も私も気に入っていました。直したことで姿がより魅力的になりました。母の最後のお買い物というエピソードもあります。
やはり、
・良いものである
・直せる
・エピソードがある
が揃っていたから使い続けようと思ったのでした。
(残した茶わんより高額な品でも、愛着が薄かったり直せなかったりしたものは処分しました。処分は売ったり差し上げたり捨てたりしました。)

「生活を回すモノ」の終わり
生活を回すモノが壊れたり不要になった時、つまり「生活を回す」価値が失われた時に、そのモノの終わり方を考えることはとても大切テーマだと感じます。
生活を回すモノが壊れたり不要になった時に私たちは、そのモノに込められた記憶や個人の思想、心情を保持するにはどうしたらいいかを突きつけられるからです。このプロセスはちょっとしんどいことですけれど、モノとの関係性を深め、大袈裟に言えば物質的な文化における個人の位置づけを再考させる機会となります。

修理可能性
ここで持続可能な消費と生産の観点からみたとき、「修理可能性」が極めて重要なことに気付きます。
SDGs(持続可能な開発目標)の中の目標12「つくる責任、つかう責任」に関連させて考えますと、資源の有効利用、廃棄物の削減、環境への負担軽減など、持続可能な社会を目指す上で「修理」は欠かせません。修理を通じてモノの寿命を延ばすことは、廃棄物を減らし、新たな資源の消費を抑えることに直結します。
見回しますと、地域社会の経済や職人技術の保持にも寄与し、多面的な価値を生み出す可能性をもつものとして修理文化の復活が語られてもいますよね。

モノの修理可能性に注目することは、単に経済的、環境的側面だけでなく、社会的、文化的側面からも重要な意味を持っている事が分かります。
デザインが「良いもの」を志向するのは当然の事として、その中に修理可能性を内包させる事は大きな意味を持つでしょう。

余談:モノによっては修理できない、もしくはさせないという意図も成立すると思いますがそれはまた。
dmc.
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