民藝再び 「自分はいいものを選ぶ」の時代2012年09月07日 11:01

「名もないものとの出会い」、今回は「民藝展」です。

民藝展
ポスターには「用の美とこころ」とあります。

私の大好きな柳宗理さんの父、宗悦さんや河井寛次郎さんたちが興した「民藝運動」は、大正末期の日本で伝統的な手仕事の良さを再発見する運動でした。当時全国から集めた「民藝品」は大変好意的に受止められたようです。
(事実、各地で「民芸品」が作られるようになって行きました。)

民藝展

今回は70年前の民藝展の続き、第2回と位置づけて1年がかりでバイヤーが買い付けたものたちだそうです。手あかのついてしまった「民芸品」を、もう一度「民藝」として再評価しようと言う思いが込められているように感じました。

民藝展
「柳宗理デザイン」のものなども「民藝」を受け継ぐものとして紹介されています。

樺細工
母に買った樺細工。
桜の樹皮を何故樺と呼ぶのか訊き損じましたが、軽くて精緻で渋くて収まりのいい茶筒です。

いやぁ、手に取って購入出来ると言うのは普通のことですし、普段見慣れている事もありますので、今回の「名のないものとの出会い」の中では最も冷静に品定めが出来ました。
道具類は長く使わないと評価が難しいのですが、そこが「長く愛されてきた」「選び抜かれた」という前提が補っています。初めて見聞する職人の名前、佇まいも信用に足る姿をしています。ですから決して安くないお値段でも安心して買う事が出来ます。その意味では決して無名ではありませんね。

民藝が盛んになった大正末期は、明治から続く外国文化の受容も一息つき、第一次大戦の戦勝国として好景気に沸いたことも自尊心を高めて、自分達の文化を見直そうという気運が高かったのでしょう。ファッションを謳歌した「モボ・モガ」もこの頃です。また「大正デモクラシー」と呼ばれた政党政治、つまり一般人の政治意識が高まった頃でもあります。震災があった事も付け加えまして、これらの世相が現在と類似しているという言説も見かけます。(もちろんだからと言って同じように世が進むと言うのは早計だと思いますけれど)

さて、、今回「名のないものとの出会い」という切口をなかば強引に見立てて三ヶ所を廻りましたが、共通していたのは「自分でいいものを選ぶということの疑似体験」だったかもしれません。
少なくとも私自身は、本では「紹介文」に、音楽では「店員さんのセレクト」に、民藝品では「バイヤー」へ無意識の信頼がありました。(そもそもそこを疑ったらこれらの企画自体が成り立たないと思いますので)そして購入後に知るそられらの素性に納得と手応えのようなものがありました。
無名という形が、バイアスの掛かっていない「本当の価値らしさ」を感じさせ、名を知る事で「選んだものが良いものである」という付加価値を付けている、、言い過ぎでしょうかね?

私が共通に感じたものが「自分自身の価値観で本当のものを選びたい」という気分によるものだとしたら、それはとても納得の行くエクスキューズだと思います。

[自分はいいものを選ぶ]という時代感覚が正しいとしましたら、ある意味では嬉しく、またある意味ではちょっと重たいなぁ、と感じています。

「用の美とこころ 民藝展《展示・即売》」 
日本橋 高島屋 9/10まで 
dmc.
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