視覚の解像度2009年03月18日 18:36

少し専門的なお話ですが、画面上の描画にはこんな特性があります。

ー 解像度が低い描画は、リアルな表現の方が美しく感じ、ピクトグラムの様なシンプルなものは稚拙に見える ー

緻密な絵を描くにはドットが足りないようなものの方が、案外綺麗にみえるのですよね。通常の画面の70〜100dpi(ドットパーインチ)程度の密度で、アイコンなどの数十ドットのものの描画では特に顕著です。

このことは、インターフェイスデザインで日常的にアイコンなどのグラフィックを描画している私どもにとっては自然な現象です。

話は少しそれますが、OA機器が「ペーパーレス」を旗印に普及した頃、コピー機の技術資料に「200dpi以上あれば、人間の目には滑らかに見える」と書かれていたのを今でも覚えています。
しかし、この密度なら曲線のがたつきが見えますし、その一方で整然と並んだドットは滑らかなグレーに見えます。

「見えている」という事象はもっと有機的で、視覚上の「滑らかさ」を解像度という画一的な数字だけで追いかけることは、意味がないことなのでしょう。

比較的新しい視覚の考え方では、目はテクスチャー(肌理)を捉え、そのテクスチャー同志のレイアウトで形態を捉え、さらに時間を含めた空間、温度や肌触りなどの質感、さらには生理的な意味を、極めて短時間の間に同時に感じている、と捉えています。
この捉え方はとても実際的です。例えば長い髪を風になびかせながら走る人の絵を想像して見て下さい。髪を見るだけでも多くの情報や感覚が含まれていますよね。

より有機的で自然なインターフェイスをと考える際、「形態よりもテクスチャーを視覚は捉えている」という感覚は、大切なヒントといえるでしょう。
dmc.
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
「デザインの言葉」 by Fumiaki Kono is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.