気付く2009年07月01日 12:54

デザインに感じることの中で、行為を促すものは特にアフォーダンスと呼ばれていて、人と製品の関係性をより良くするために欠かせない視点となっています。
アフォーダンスは有名な概念ですので、ご存知の方も多いことと思いますが、製品の形態が「押す」「回す」「すわる」などの行為を促すことを指します。

正しくは、私たち人間が周囲のものの形態や色や状態から、自分達にとっての「意味」を峻別しているのだそうですが、これを私たちは「促される」と感じます。
ここに私は、単なる主従の逆転以上の大きな転換を感じます。

少々話が飛躍して恐縮ですが、ある日コインを拾ったとします。次の日も同じコインを拾いました。そして次の日も拾いました。あなたならそれをどのように感じますか?ただの偶然以外の何かを感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか?
周囲の意味に気付くだけではなく、それを意思的に捉える、という心の働きがなければ、偶然は偶然のままであり続けるでしょう。
この転換は、もしかしたら一人の人間の一生を左右する程に強力なものではないかと思っています。

京浜工業地帯2009年07月02日 15:02

京浜工業地帯 空撮
少し前の写真を整理していましたら、飛行機の窓から撮った写真が沢山出てきました。
これはちょうど横浜から川崎を一望したカットです。2001年12月とあります。左端にみなとみらい、手前にベイブリッジからつばさ橋を抜ける湾岸線、奥には両市の市街地が続いています。まだ高層マンションは少ないですね。

この写真をしばらく眺めていたら、地勢や7年半という時間に思いが移行していました。日常のデザインには短期的視点も必要なのですが、時に長期的視点から省みるのもいいものです。

読書2009年07月03日 13:08

今日、電車の中で目が見えないと思しき女性が、小型のキーボードの様なものを操作していました。目を閉じて首をかしげながら鍵盤の上を指が滑る姿は、さながら音楽を奏でているようです。
でもそれはよく見ると、鍵盤のような所に点字が表示される機械でした。調べてみますと、それは「Braille Memo Pocket」という、点字の電子手帳のようなものでした。

以前、図書館のボランティアで本の読み上げをテープに録音されている方のお話を伺ったことがありますが、できるだけ感情を込めないように読むのだそうです。その方が、聴く側が自由に感情移入出来るからとのこと。
この話を伺った際、「読む」ことと「聴く」ことでは鑑賞の質が大きく違うのだな、と感じたことを覚えています。「見る」「聴く」は、対象に委ねる部分が大きいのですが、「読む」は感性に委ねる部分が大きく、主体的に読まなければならないからですね。
UIデザインにおいても、この質の違いは大切な視点だと思います。対象物に委ね過ぎたデザインより、使う人の感性を引き出す様なデザインをしたいですね。

さて、彼女はメール、それとも物語でしょうか。何を読んでらしたのかは分りませんが、指を滑らせる動きは、まさしく「読書」の姿でした。


Braille Memo Pocket
http://www.kgs-jpn.co.jp/b_bmpk.html

「普請中」2009年07月06日 21:38

クレーン 普請中
明治43年(1910年)6月に発表された森鴎外の短編で、代表作「舞姫」で書かれた踊り子との、日本での再会の話です。
再会の場所が建設中のホテルで、水を差す「普請中」の無粋に日本を重ねています。

森鴎外は多くの論争を残して、日本の近代化に欠かせない一人だったのは確かなようですね。
私は10代の頃、少し読みにくい雅文体の主観のしっかりとした筆運びが好きでした。理想を強く表に出す姿に憧れていたのかもしれません。

さて、100年前に森鴎外ら明治の烈士が夢見た日本には近づいたでしょうか。このあとの100年、、視野の端にいつも入れておかねばと思います。

箱根 芦ノ湖2009年07月07日 21:34

箱根 芦ノ湖 空撮
先週に引続き、2001年12月に飛行機の中から撮った写真をご紹介します。

芦ノ湖はカルデラ湖であり周囲をぐるっと外輪山が囲む、、と教わった通りの様子が見えていますが、こうして上から見ますと頭の中で想像する以上に険しい地形ですね。まさに「天下の険」です。
歴史にお詳しい方は何がここを越えて、ここが何を通さなかったのか、歴史の綾を感じられるかもしれませんね。
dmc.
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